1996年 ベネチア

 第1回 1996年12月13日

 ゴンドラセレナーデ
ベネチアに到着し、夕食前にゴンドラに乗る。こういうのは苦手である。外国人観光客には違わないけど、こう・・・
観光の中の観光とでも言うか・・・究極の観光・・・王道とでも言うか。
観光客まるだし(そりゃ、ゴンドラに乗らなくったって観光客まるだしだけど)で団体で乗ること自体、不自然・・・
こういうのを楽しむのが下手なんです。こっぱずかしくって、うまく楽しめないのである。

まあ、そんな理屈をこねても仕方ない。ひとつのゴンドラに6人乗り込んだ。
ここは天下の水の都ヴェニス、ぺたっと座るんじゃなくて、中にイスがあった。
このイスのゴージャスなこと。小心者の私は高くなったら不安定なるんじゃないかと、
船尾の棚になってるところへ陣取ってぺたっとすわっちまっただよ・・・山形最上川船下りじゃないんだっつーの!

運河を巡ってるうち「案外楽しい・・・」と気持ちも乗ってきた。岸からゴンドラに乗ってる私たちを写真に撮ってくれる。
購入して見てみたら、しっかり手を振っている私がいた。
もしかして、一番ノリノリだったのは・・・順応反応が早い私だったのかも・・・

船頭さん(だからー!ゴンドリエーレというのだよ!)が舟歌(だから!それはカンツオーネだろ!)を唄ってくれたり。
真っ暗であんまり景色は見えないけれど、夜のゴンドラも雰囲気がロマンチック〜で、なかなかよいんじゃないの〜。

・・・というわけで、しっかり楽しんでゴンドラを降りたら、しばらく体がゆら〜り、ゆら〜り揺れていた私でした・・・


祝 イカスミスパゲ
私のささやかな自慢は、初物は大抵「現地」が多い、ということである。
例えば、デイズニーランドはロサンゼルスがはじめてだったし、パンダは北京ではじめて見た。
(ただ単に日本で行けなかっただけ・・・だっちゅうーの!)
そして今回、生まれて初めてのイカ墨スパゲッテイを本場ヴェニスで!
(だから、今まで食べたことがないこと自体、おかしい・・・んだっちゅうーの!)

イカだから生臭いっていえば多少そうだったかもしれない。でもパスタがモチモチっとしてて極ウマだった。
「ハハア、こういう味なんだあ」と、美味しくいただきました。そしてもうひとつ、ベネチアワイン‘ソアヴェ’もいただいた。
白ワインなので、ここヴェニスの海鮮料理にピッタリ。こちらも一度飲んでみたいと思っていたので、めでたし、めでたし。


 夜のお散歩
Cさんと私は‘夜のお散歩’にくりだした。ゴンドラコースを辿りながらロマンチック気分をあじわった。
(Cさんは私とふたりじゃ、こうは思えなかったかも・・・)

夜はさすがに冷える。ホテルに帰ってくる頃はマフラーがグルグル巻きになっていた。



イタリア滞在3日目 ヴェニス〜フィレンツエ

 ベネチアのシンボル獅子が出迎える


サン・マルコ広場
ベネチアは、アドリア海の浅瀬に118の小島、150の運河、400以上の橋からなっている。
交通機関は水上バス、ミーターボート、ゴンドラ。車がないので道路は安全だし、駐車場がないので街並みが美しい。
どこもかしこも写真スポットである。たぶん階段も多いので自転車もないだろう(かえって不便と思われる)

まずはサン・マルコ広場を目指す。途中‘ため息橋’(壁、屋根付)の横を通る。
昔、囚人がこの橋を境に隣接する牢獄へ入るのでこう言われるようになった。
ここを渡る囚人は二度とシャバにはお目にかかれない・・・そりゃ、ため息も出るわな・・・

石柱の上に翼を持つライオンが見えてきた。ヴェネチアの守護神、シンボルである。
広場は毎年2月、仮面カーニバルが開催されることでも有名ですよね。
そしてこの広場、‘世界で最も美しい大理石造りの広場’の異名をもっているそうです。
初耳だったのが、ただの石畳じゃないということ。総大理石
ということは、さっきの石柱は大理石円柱ということになる。
「へー・・・」と感心していると、Cさんが「ここのハト太ってますよね」という。
確かにハトがたっくさんいた。えさ売店もあった。栄養状態がよほどいいんだろう。
私は大理石に気をとられていて、ハトの太さまで気が回らなかったよ・・・
(世界一美しいといわれる‘広場’では毎年‘仮面カーニヴァル’が催されることでも有名)

私にはひとつ気になるものがあった。ベンチである。
広場の中をダーッと寺院の入り口に向かってベンチが隙間なく並べてあるのです。
???。幅80センチぐらいかなあ。これってな〜に?

今日は晴れているが、昨日はここも雨だったらしい。
さっきも言ったとおりヴェネチアは浅瀬であるから、少しでも雨が降るとすぐ水位が上がってしまう。この広場も浸水したのだろう。
だから高さ60センチくらいの‘床上浸水用の板’の上を歩く、という訳です。ベンチではありませんでした。

 サンマルコ広場 浸水した時には、このベンチの上を歩きます


このあともポンプで浸水した水を汲み出してるところを何ヵ所も見かけた。
住人にとっては、景色のよさにただ「うっとり」してるだけではすまない現実の生活があって大変なのでした。
聞くところによると、海面が年々上がってきていて、このままだと島の数も減少していくとの事です。
この景色が見れるのもあと数年ということになるのでしょうか。


サン・マルコ寺院
ビザンティン建築。りっぱ。別名‘黄金の教会’。
ビザンティンなのだから、言わずと知れたコンスタンチノーブルからの戦利品の数々がある。
金、純金?黄金?とにかく金。でも、なぜか印象にうすい。金ピカだったことしか覚えてないのでした。


ドゥカーレ宮
現在の建物は(15世紀)後期ゴチック建築。
かつてのベネチア総督宮殿で、今は博物館みたいな所。ガイドのおじさまが案内してくれた。
各国の来賓の方々を迎えた大広間、4階の床は何千年もたわんだまま使ってる、とか。
中世の展示品で私の目をひいたのがである。中世といえば戦国時代でもあり、日本にも戦国時代‘毘沙門’の旗があったように、
洋の東西問わず戦いには旗がつきもの。その戦いに実際使われた旗がヴェネチアの紋章入りで、天井に貼り付けてあった。
これが壮大で素晴らしかった。「あれが翻ってたのね・・・」なんだか印象的だった。

ガイドのおじさまが特に力を入れて説明したのが、テイソウ帯である。
戦地に赴く夫が妻に残した品。何種類もあって、おじさまの説明はなかなか終わらない。
私は「いいかげんにしろっ!」状態だった。それにしても鍵付とは・・・心配か嫉妬か信用してないか、よほど自信がないか・・・

ベネチアンガラス 
工場に見学に行く。その後すこし時間があったのでサン・マルコ広場まで戻ってお茶した。(メモ・最古のカフェはカフェ・フローリアン)

小心者の私はドアを押すまでが長い。怖気づいてしばし佇んでしまう。
「ヨシッ!」と気合を入れて入ってしまえばこっちのもん。めでたくカップチーノGET!
「ふーん、こんなもんかあ。カフェオレとどうちがうんだ?泡泡があるかないかのちがい?」とレベルの低い感想しかもてない私でした。


午後フィレンツエに向かう。



1996年12月ベネチア完


フィレンツエにつづく


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vol.56