La muse Vaticano
in Citta del Vaticano

バチカン博物館内部階段


「Scuola di Athene」
Raffaello

「アテネの学堂」ラファエロ


ヴァチカン美術館には総監督だったラファエロの作品が各部屋を飾っている。
この「アテネの学堂」は‘署名の間’の壁画である。
そして、もう一方の壁には「聖体の論議」が描かれている。
‘署名の間’だけでも、「神学の徳」‘希望’‘慈愛’‘信仰’「パルナッソス」「三徳像」が壁を飾り、
「最初の運行あるいは天文学」「アダムとイヴ」「ソロモンの審判」「アポロンとマルシュアス」
「哲学」「詩学」「神学」「法学」が天井を飾っている。


‘署名の間’天井

‘ヘリオドスの間’の壁画は「神殿を追われるヘリオドス」「ボルセーナのミサ」
「聖ペテロの解放」が飾る。


「La Trasfigurazione」
Raffaello

「キリストの変容」ラファエロ


教会の‘オッディの祭壇画’では、「受胎告知」「主顕祭」「キリストの祭殿奉献」がみられるし、
「キリストの変容」も見逃せない。イエスが描かれている箇所の天井の青はたとえようもない。

キリスト教総本山にてんこ盛りとなっているラファエロの作品群をみたら、
パンテオンに彼が葬られているのも納得・・・。


「La Pieta」
Michelangelo

「ピエタ」ミケランジェロ


1498年製作開始。
「肉体の美は高貴な精神の顕現である」
ピエタにみるマリアは息子のイエスより若く少女のようである。
このことをミケランジェロはこう説明している。
「貞節な女性はそうでない者よりもはるかに若々しい」
「イエスは人間の肉体を受けて、人間として年をとったのだ。だから人間性を神性の後ろに
追いやることはない。息子を実年齢にして、聖処女である聖母を年齢よりもはるかに若く表現しても
別に不思議がる必要はない」
それにしても、「石の中に人が埋まってる」と言った天才彫刻家ミケランジェロ。
このピエタを彫った時、24歳だった。









バチカン博物館内部テラス


「ラオコーン群像」
BC.150年頃製作 1506年出土

「ラオコーン群像」ペルガモンで製作されたといわれている


ラオコーンの発掘には、ミケランジェロも立ち会ったという。
ルネサンスを彩った芸術家がこの彫刻を前にし、衝撃を受けただろうことは確実だ。
良いものは、いつの世でも良いもので、そこに時間は存在しないかのようだ。
時間を越えて、ありつづける・・・。
私も、このラオコーン群像のギリシア彫刻(現在バチカン市国にあるが)を前にして、
体に電気が走りました。
こうして、何千年もこの彫刻を目にした人に感銘を与え、
雷を落とし続ける作品を制作した人はどんな人物だったのだろう・・・(作者不明)

ラオコーンの場面は、ギリシア人がトロイアへ偽りの贈り物として木馬を贈ったことから始まる。
トロイアの祭司だったラオコーンは、ギリシア人は信用できないとして、
木馬の腹に侮蔑の槍を投げつけた。
それから、ラオコーンは海岸で犠牲式の準備にとりかかったが、
突然海から‘弓なりになった2匹の巨大な海蛇が’‘燃えるように血走る目’
‘ちらちらと明滅し、しゅっしゅっと音をたてる口を舐めまわす舌をもって’海岸を泡立たせ、
一直線にラオコーンをめざし、突進してきた。
まず、2人の息子を襲い、ラオコーンに巻きつき締めつけた。
‘その鱗を持った長くて巨大なとぐろの中に・・・。
彼の両手はその結びをねじり戻そうと狂ったようにもがく・・・。
彼の絶叫は恐ろしく、空をも満たす、斧を打ち損ねた時の牡牛の咆哮のように’
ラオコーンは冒涜の行為のために罰せられた。(ギリシア劇による)
しかし、この彫刻において、挑戦的行為は正当な愛国的理由によってと英雄に転換され、
それに劣らぬ美的な反応からローマ人に絶賛された。
全世界のヴァチカンを訪れ、この前に立つ人々を、この死に逝く祭司の苦悶する容貌は
永遠に感銘を与え続けるだろう。




「La Creazione di Adamo」 Cappella Siatina
Michelangelo

「アダムの創造」(天井画部分)ミケランジェロ
触れそうで触れない人差し指


ラファエロが天才なら、ミケランジェロは何と答えればいいのだろう・・・?
奇才?職人?苦労人?
彼が‘システィーナ礼拝堂’の天井画に着手したのは33歳から4年間だった。
足場の上で不自然な姿勢で天井画を描かねばならない苦痛を手紙に残している。

「この苦行で喉には腫れ物ができた。ロンバルディアやらどこやらのひどい水にやられたみたいに。
あごはまるで腹の上のできものだ。
俺の髯は天を指し、背中は曲がり、怪鳥の叫びを聞いたかのように胸はひきつり、
塗りたくった絵の具は絵筆から頬へ滴り落ちる。
腰は腹にめり込み尻は腰骨まで曲がり、目は足さえ見えぬ有様。
体の前の皮膚はのび、背中側は逆にちじんで、まるでシリアの曲がった弓のようだ。
俺は衰え、俺は惚けた。脳みそからは何も出てこぬ。
守っておくれ、ジョバンニよ。力のない絵と俺の名誉を。
ここは俺の居場所じゃないし、俺は画家ではないのだから」

彼の彫刻家としての苦悩と、仕事が思うようでない苦悩と、体の苦痛とが手に取るように解る。
ここに‘ユリウス2世’の依頼をしぶしぶ受けた経緯をプラスしたら、彼が引くに引けぬ仕事
本職ではない、絵画での苦労は想像をこえる壮絶な思いだった事だろう・・・
私は、見上げただけでも首が痛くなってしまったが、この何倍もの苦痛が4年間、
暗く風の入らない礼拝堂で、孤独と闘いながら根気よく作業に打ち込んだことを考えたら、
「首が痛い」などと情けないことは言えまい。


フレスコ天井画。
総面積1000平方メートル。およそ300人の人物。
「ヤコブとヨセフ」「デルフォイの巫女」「大洪水」「イニュード」「原罪、天国のアダムとイヴ」
「アダムの創造」「楽園追放」「天体の創造」など。
1511年8月14日完成祈願ミサ
1512年10月完成
1512年10月31日公開

「最後の審判」 Cappella Siatina
Michelangelo

「最後の審判」(全体)ミケランジェロ


祭壇前の壁全体を覆う。立て17m、横13m。
1541年11月18日完成。
この年、システィーナ礼拝堂が完成した。








vol.28