太極拳in北京(1)

2000年3月29日

露店の朝食風景
早朝6時。北京の空気はひんやりしていて、息を吸い込むと鼻にしみる。
私はジャージにウインドブレーカ姿。ホテルは、‘東四十条通り’という大通りに面していた。
「さてと。右か?左か?」左右を確認してみる。
「右だ!」決め手は匂いだけである。動物的勘だけである。
ホテルのすぐ横には露店の朝食店が出ていた。3月といっても北京の朝晩はまだまだ寒い。
露店からは美味しそうな湯気が立ちのぼり、麺を打つ主人は準備に余念がない。
「いいなあ・・・これでこそ中国やね」
外にテーブルと椅子が出ていて客も麺が打ち終わるのを待っている。
きっと、毎朝決まった客なのだろう・・・。中国の食事は3食とも外食が普通だし、
家で食べる時も共働きが普通なので、早く帰宅したほうが食事の用意をする。
男の人が料理ができるのはあたりまえ。朝食は、仕事に行く前に寄って食べる。
お粥、麺・・・お粥には‘面条(ミェンティアオ)’という油で揚げた麩のようなものが一緒に付く。
面条だけ、という食べ方はしない。北京の朝の風景にはまだ、懐かしい中国の面影が残っていた。
早朝の風景のひとつである、こういった朝の露店も見かけなくなりつつある北京。
(2年後、同じ場所にこの露店は一軒も出ていなかった・・・)

 その場で麺を打って朝食


市場
更に先に歩いて行くと、後ろから荷台に山と荷物を積んで、例の三色シートで覆った自転車が私を追い越し、
とある広場に入っていった・・・。
その広場は既に市場になっていて、買い物しに来た人たちの自転車で埋め尽くされていた。
おびただしい自転車の台数だ。フラフラと市場を覗いてみることに・・・。

 いったい何があるのだろう?


食料品から日用品、衣料品、靴、雑貨、ないものはない。
さっきの山積みの自転車は季節の野菜を積んでいたのだろう。
自転車の荷台に積んで、ここに売りに来るのだ。とれたて新鮮そのもの。量も半端ない。
何人もの農家の方が売りに来ているので、同じ品が繰り返し見られる。
特に目に付いたのは、イチゴだった。今が旬なのだろう。どの店先にも山積みになっていた。
きっと、今や日本では味わえない香りがあるだろうと思った。
私が小さかった頃までは、まだトマトは土の香りがしたし、イチゴもイチゴの香りがしたものだった。
最近はそういう個性のある野菜にはお目にかかれなくなってしまった。
形だけは良いが、香りがない・・・。生きてんだか死んでんだかわからないような野菜ばかり・・・。
カップ麺も種類が豊富だ。(1994年洛陽参照)石鹸も固形石鹸が主流のようす。
太極拳用のカンフーシューズが欲しいと思っていた私は、ここで探してみたのですが、やっぱりなかった。
あるにはあるが、サイズがないのだ。
「何時までここは開いてますか?」と聞いたところ「4時まで」と答えが返ってきた。
(2年後、同じ場所にこの市場はなかった・・・)

 旬のイチゴが山積みに。おいしそう・・・


太極拳!?
市場で油を売っている場合ではない。今日は観光があるので時間までにホテルに戻らねば
ならない。市場を出て更に進むとモニュメントを持つ体育館が見えてきた。‘人工体育館’だ。
運動している人がいるにはいるが、またしても‘ダンス’だったり、‘エアロビ’だったり、ただの‘柔軟体操’(圧体)だったりで、
気功、太極拳の人は見つけられなかった。
「いったい、中国の太極拳はどうなっているのだろう?」
香港でも太極拳をしている人を見つけるのに骨が折れた。ポイントを外すと延々と出会えない。
その状況は北京でもなのだろうか?「北京といえば中国太極拳のお膝元なんじゃないの?」と、
もう少し粘って探してみることに・・・。

いたー! やっと見つけたー(喜!)
リーダーらしきおじさんと、ふたりのおばさんの三人組だ。おじさんは紺の人民服に人民帽、軍手。
おばさんは綿入れの上着に、首にはスカーフ、そしてオシャレなピアス。
もうひとりのおばさんは頭に白いイスラム帽をかぶっていた。

この頃の私は、ようやく‘制定拳88式’を終えたばかりで、まだ‘伝統拳’との区別はつかなかったが、
88式を知っていることで、ほとんどの‘型’は見れば理解できるようになっていた。
私は黙って3人の動きをしばらく見ていた。
彼等は動きこそ違うが88式のようだ。(実は‘伝統楊式’だったが)
「それにしても、下手だなぁ・・・」
まだ、始まったばかりだったので、見ていてもあと15分はありそうだ。
私は少し離れた後ろの方で、合流し一緒に合わせた。「転身」する際角度が微妙に違う。
・・・「海底針」はやたら大げさ。・・・「閃通背」は体が傾いて、‘お日様が沈む’ポーズに・・・。
「これは・・・アカンでしょう。いくらなんでも、スキがありすぎるでしょう?」
私の目には、3人が「太極拳を知る人に習った」動きには、とても見えなかった。

最後まで終わって、「おはようございます!」と声をかけた。この第一声が肝心だ!
おじさんに「あなたが先生ですか?」と聞いてみた。そうではないらしい。
3人が毎朝集まって運動に太極拳をしているようです。
「誰に習いましたか?」と聞いたところ、「先生はいない」と返ってきた。
「(やっぱり見よう見まねなのね)」
今の中国は、朝の運動と言えば年配の人たちが、やれ‘ダンス’だ、やれ‘エアロビ’だ、という中にあって
‘見よう見まね’とはいえ、太極拳をしているということに私は親近感をおぼえた。
技量ではないのだ・・・。
太極拳の練習は精神修養を伴わないと、ただの‘上手な踊り’‘無味乾燥の美しい動作’なのだと私は思っています。
まあ、大方の日本人は‘上手な踊り’‘無味乾燥の美しい動作’を目指して練習してるんですけどね・・・。
そもそも私は‘踊り’の太極拳には興味がないし、
‘美しい動作’になったところで第一、見せる機会もないから目指してもいない。

私が目指しているのは中国の太極拳なのです。
中国の太極拳といっても学ぶ上で様々の形があるでしょう。
全てを知っているわけでもないし、正確に把握していないかもしれませんが、これまで私が見て感じた限りでは・・・。
1、大学教育での太極拳。
現在日本で太極拳を学んでいる人たちが大きく関わっている分野です。
例えば、中国から先生を招くにあたっては武術大学の先生が多いでしょうし、
こちらから中国に学びに行くにしても、こういった機関をコネクションにして行くことになるからです。
そして、武術大会などで優劣をつける際は、この人たちが基準を決めているわけです。
新しい解釈や太極拳の世界への発展はこの部門が握っているといってもいいでしょう。

2、師弟関係、民間太極拳。
私が中国に行った際付き合うことになる人たちです。ここには「伝統拳」が残っています。
師父がいて、主に健康目的とした民間レベルの交流です。
若い人達は‘推手’スイシュ(実際に太極拳の技を素早く使って、相手を倒す)で、選手として試合に臨んでる人も多いはず。
本業を持ちながら趣味として太極拳をしている人もおりますし、教室として報酬を得ている人もおられます。
中国は自分のスタイルを持って活動できる環境があるのです。
私が、中国で出会いたい太極拳は「伝統拳」なので、とにかくそれらしき動きの人が公園にいようものなら、即刻入門。
また、こういう師匠に出会えるのも中国ならでは、と思うのです・・・。
日本にも優秀といわれる先生がたくさんいおられます。
でも、選手権で優秀な成績を得ることが目的の教え方、またそういった優秀な選手を育てる先生こそが優秀な先生と
思い込んでいる日本の感覚・・・。私にはついていけません。

でも、最近知り合った中国のメル友は、「日本人の動きは選手権で優秀な成績をおさめ、正確で美しい」と言ってました。
日本人は中国から学んだはずなのに・・・。
さらに、別の中国人の友人は「中国人は真髄をそうたやすく人に教えない」とも言ってました。
正直な意見だと思います。それは中国人だけに限ったことじゃない。
誰しも自分が苦労して掴んだコツを一言でやすやすと教えたくないでしょう?
このことを日本のとある太極拳の先生(中国の大学に習いに行くことがある)に話したところ
「お金もらって、本当のところを言わないの?それはないんじゃない?」と言う。
私は心の中で「お金じゃないのでは・・・?」と感じていた・・・。
「あなたは、お金をもらえば自分の持ってる全てを相手に教えますか?」と。
またまた別の中国人のメル友に、講師料のことを聞いてみた。
日本でも名の知れた先生についている人なので、さぞかし高額なのではと思ったのですが、
「食事代と寝泊り代(先生の家に泊まって食事もいっしょにとる)をおいてくる」とだけ・・・。
「前回行ったときは、お金を受け取らなかった」と言うではないか・・・。
私には信じられない話だったが、「やっぱり、お金じゃないんのか・・・」ということだけは確認できた。
日本では太極拳は習うもの(カルチャー)だが、中国では習うものじゃない。
礼を尽くして教えを乞うもの。なのではないかと思っている。
いずれ、日本の太極拳が中国に敵わないには敵わないだけの要因があるのだと思う。
中国の先生も人それぞれで一概には言えないが、我々日本人には想像もつかない何かが存在しているのではないかと・・・。
とにかく、私が見たいのは、選手権で勝つための動きではなく、今や中国でも消えつつある
「正確に受け継がれた伝統拳の動き」なのです。

ところで、私が今回出会った3人組みは、公園の中ではなく歩道で練習していました。
もうじきタイルかなんかが敷かれて整備されそうな歩道ですが、今のところ赤茶土の地面です。
一度最後まで終えて、時間は7時になろうとしていました。
「あなたが日本でしているのと同じか?」と聞かれて、「同じです」と答えたものの、
「海底針」から「閃通背」にかけての動きがどうも気になっていた私は、
「‘お日様が沈む’ポーズは・・・ちょっと・・・」と、おこがましいとは思いつつ、
「ここだけ少し違うかな・・・」とやって見せた。私の動きを真剣に見つめている(恥)
私がいくつかの套路名をあげてもおじさんは知らないようだった。
実際にやって見せると分かっているのだ。
ということは、型の名前を知らないから、攻防を理解していないのだと思った。
民間で師匠に就いて太極拳をしている人と、このおじさんたちのように‘見よう見まね’ではまた状況が違うのです。

民間で師匠がいれば、‘推手’ができます。これあたりまえ。
‘推手’ができなければ套路も上達しない。
ある程度套路ができるようになったら‘推手’の必要を自然に感じるようにもなります。私がそうです。
2年ほど前(2000年頃、この頃ですね)から、このまま套路だけを追求していることに限界を感じる
ようになったのです。でも、私が通っている教室では、‘推手’は教えていない。
今や‘踊り’の教室に通ってる感じに囚われるようになった私です。
それまでは「太極拳は踊りじゃないのよ」と力説していた私も、
最近は「自分の太極拳など所詮、踊りなんだ」と自虐的に言うようになってしまった・・・。
この先私の太極拳はそこに向っているのか・・・?

おじさんたちは、未熟な私の動きでも感心して見入って「もっと、やってみせて」と言う。
それは構わないが、今日の私には時間がない。「明日も来ますから」と6時の約束をして別れた。
おじさんも仕事を持っているので行かなければならないと言う。
おじさんとおばさんたちは、3人ともバラバラの方向に散って行ったのでした。
途中までおじさんと同じ方向だったので、年齢や太極拳をどのくらいしているのか、など質問しながら歩いた。
おじさんは65歳で、太極拳を始めて20年ほどだと言っていた。
この時「名前」を聞いておくんだった・・・今となって悔やまれる私だ。


太極拳(2)へつづく。


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vol.15