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2000年 香港

第4回 2000年5月28日〜6月3日

5月28日

なんだかんだで4回目・・・
私は、以前から観光目的で香港に来るなら一度で十分と思っている。
4回も来ているのは、太極拳を習いたいからなのです。
3年前にあったその人の太極拳をどうしてもマスターしたい。
今回はあらかじめ連絡を取ってやって来たというわけなのです・・・。

出迎えはベンツ
太極拳が目的ではあるが、旅費を考えると断然パック旅行に参加したほうが格安だ。
1日だけ団体客に扮し、残りの日はフリーにして1週間滞在する予定をたてた。
1週間もフリーでは退屈なところだが、太極拳をマスターするには短かい滞在だ。

飛行場についた私を現地旅行社のガイドさんが迎えに来ていました。
BENさんという香港人の彼は24歳くらいの茶髪ロンゲのお兄さん。
「BENです。香港にようこそいらっしゃいました。さっそくまいりましょう」
客は私ひとりなので、迎えの車はベンツだった。
「ベンツだ・・・」
銀色のベンツに似合わない、使い古したよれよれのカバンの私。
「荷物これだけですか?」と聞かれる始末。
そして、これまた色あせたpumaズック姿の私は、ふかふかの革張り後部座席にタジタジ。
これほどベンツに似合わない風貌はあるまい・・・。

ベンツの中でベンちゃんは・・・
ベンちゃんは、後部座席の私に帰りの日程や今後の予定など必要事項を話し終えると、
「もう、何度かいらっしゃってるから分ってますよね」と手短に切り上げてしまった。
そして、雑談になったのだが「僕、ブランド好きなんです」といきなり話しを切り出した。
「そのブラウス、ベルサーチですよね」と。
私はこの時日本ではとても着れないようなハデハデのブラウスを着ていた。
「ち、ち、違いますよー(汗)」
「だって、ベルサーチにそういう柄ありますよね」 
言われてみればテレビで野村沙知代が着ているのを見たことがある。
本当にベルサーチのブラウスなら数万円はするだろうが、私のこのブラウスは近所のスーパーで
買った890円の代物だった。しかも、ベルサーチ柄とは知らずに購入してしまったものだ。




5月29日

 太極拳in香港(1)(左のアンダーバーをクリックしてご覧ください)
師父には連絡してあったし、返事を待って出かけたのだから「安心じゃ!」と思いきや・・・

‘香港観光’
香港観光も4回目である。連れて行かれる観光地はだいたい決まっている。
初めに香港島から観光が始まった。
今朝は雨だったが、9時過ぎにはすっかりやんで、午後には嘘のような晴天になった。

‘文武廟’
文の劉備と武の関羽が祭られている。ここには1997年に来ている。
その頃はまだ観光化されていなかったのに、今や新観光名所となったようだ。
見るべきは天井にぶら下がってる‘巨大渦巻き線香’といったところ。
中でおみくじも引けるので興味のある方はお試しあれ。

 緑の衣が関羽、赤衣が劉備。肖像写真(?)は関羽


‘ジャンボ’ 
その昔、香港は水上生活者が無数に存在する、正に海上都市だった。
高級レストランも湾内に浮かぶ船上で楽しむというのが普通だったといいます。
最近では3隻だけになってしまったが、いまや‘ジャンボ’1隻になってしまったそうだ。
香港観光の目玉にグルメがあげられるが、海鮮料理を存分に楽しみたい方にとって
アバディーンに浮かぶ水上レストラン‘ジャンボ’はうってつけではなかろうか。
私は‘ジャンボ’での食事は経験ないが、ディナークルーズなら1995年クリスマスの香港で体験した。
ビクトリア湾をめぐってクリスマスイルミネーションの夜景も楽しんだ。
クリスマス時期でなくとも香港は世界3大夜景の名所であるから、1年を通して素晴らしい夜景が楽しめるだろう。
ただ、ディナークルーズするなら、出来るだけ休日を避けて平日がよろしいだろう。
オフィスビルの照明が少しでも多いほうが夜景が美しいからです・・・

アバディーン湾の‘ジャンボ’は船ですが動きません。固定されているのです。
小島のように湾内に浮かぶ水上レストラン‘ジャンボ’に行くにはボートに乗って行かなければなりません。
そのボートの桟橋まで今回連れて行かれたのです。
「あー、あれが噂の‘ジャンボ’か・・・」と陸から豪華レストランを眺めたのでした。
その昔はあの巨大船も水上を走っていたのだそうです。
それにしても、レストランを陸から見せて、「ここは記念写真だけです」って。・・・食事させて欲しい。

‘レパレスベイ’
またまたやってきました、はりぼて公園!

 ユニークな動物の石像


もう、何度も説明するのが面倒です。1995年、1997年香港をどうぞ!
見るのにも飽きたので、あんまり日差しが強いのでここでキャップを購入。


‘夜景ポイント’
香港の夜景ポイントといえば、映画「慕情」(古すぎて私もついていけない)の舞台にもなった
ビクトリアピークが有名ですが、ここ何年かで連れて行かれるポイントが分散したようです。
前回1998年と同じポイント、‘ハッピーバレ競馬場上’に今回も連れて行かれたのです。
ビクトリアピークへ行くにはピークトラムで行く方法と、観光バスがそのまま行くケースとがありますが、
旅行社を通じるとバスをまわすのが大変なのでしょう。
‘ハッピーバレ競馬場上’なら、道路わきに止めて見せることが出来るので、
最近はこのポイントの方が手っ取り早いということで多くなったのでしょう。


‘黄大仙’ 
ここだけは神社仏閣大好きの私は何度行っても飽きません。
今まで3回ここに来て、2回おみくじを引いています。
おみくじは100の番号で構成され、おみくじに書かれている内容は‘漢詩’です。
漢字ですからなんとなくは意味が取れますが、果たして‘吉’なのか‘凶’なのかははっきりしません。
それで、私は100種類の解説が載っている‘解説本’を手に入れようと考えていたのです。
入り口の門に線香やお供え物が売ってあって、いっしょにくじの本が置いてあったので
そういった本があるのは知っていました。
「では、ここに20分後に戻ってきてください」とベンちゃんは門のところで私たちを解散しました。

ここには、占いの鑑定所がひしめいている。
人相、手相、姓名判断、四柱推命などなど・・・ここは広東語圏だが中には北京語で鑑定してくれるところもあるし、
日本語がOKというところもある。通路の両側にズラーリ並んだ占いマーケット。
私はあまり占いを信じませんが、興味はある。
占ってもらって悪いことに自分が左右されるのが怖いし、最悪、当たっていないはずなのに
言われた悪い方向に向わせてしまうこと。
事自分のことになると「どうせ、好いことは言われないんだ」と分っているから、
診てもらい気持ちはあっても勇気がなくていまいち踏み切れない。この日も素通り・・・。

 鑑定結果やいかに・・・(写真は私ではありません)


ひと通りお参りを済ませ、くじの本を買いに門に向かうと、なんと店番が誰もいない。
「しめしめ、いただきかな?」などと場もわきまえず不埒なことを考えていた私だったが、解説本を手にしたとたん!
どこからともなく、おっちゃんが現れて御代を請求された。
といっても、セルフで箱に代金を入れるシステムだった。
田舎でよくある、野菜を売るシステムで箱に代金を入れる‘信用商売’なるのと似ている。
しかし、ここは客に分らないように見張っているではないか。

まだ、時間があったので「やっぱり占ってもらおうかなぁ」などとそんな度胸もないくせに戻りかけたら、
脇になにやら薄暗い通路を発見した。
「何?何があるの?」と、好奇心だけは旺盛な私は、洞窟探検の気分で薄暗い通路に入っていった。
そこは・・・みやげ物店だった。さびれた土産物店・・・客は私ひとり。
やはり、通路の両側に何軒か並んではいるが、どの店も閑古鳥が鳴いていた。
「うっわあ!こんな所に宝の山が!」状態の私は、薄暗い通路に立ってキンキラの飾り物を眺めていた。
ここ黄大仙はキンキラハデハデの飾り物が売りなのである。
「ほしい・・・」一軒の飾り物店の店先であれこれ見ていると、太極マークの飾り物発見!
「これいいなあ・・・」・・・とまだ物色していると「あっ!鐘がついてる!こっちのほうがいいかも!」
でるわ、でるわ・・・目移りしてとてもひとつに決められない。
ふたつGET!したところで、今度は‘関羽’の飾り物を発見してしまった。
「エーッ!関羽じゃないの!」関羽は武術の神様である。
武術の向上を願う者としてこれは買いでしょ!しかも剣を持って緑色の衣装やで!
「おじさん、ゴメン。さっきのとこれと取り換えて!」とこんなことを1度ならず2度も繰り返してしまった・・・
こういう楽しい買い物は本当に時間を忘れてしまう。
「いけない!時間過ぎてる!もっと見たいよぉ・・・」

 キンキラハデハデ店主。面倒かけました・・・


あーあ、だから言わんこっちゃないのだ。集合場所には誰もいなかった。
「ベンちゃん・・・私をおいてっちゃったの?」カサカサビニール袋を提げて呆然とする私。
バスまでの帰り道は知っている。私は走った。ゼェゼェ・・・
だいぶ距離があるのだが、追いつかない・・・ゼェゼェ・・・喉がカラカラ。
気温35℃はある猛暑の中をグッタリしながら走った。全力疾走でバスに戻った私は、
「誰もいないんだもの・・・ゼェゼェ・・・みんなを待たせちゃったんじゃないの?ゼェゼェ・・・」
そんな私にベンちゃんは涼しい顔で「道分ってると思ったから・・・」と何事もなく答えたのだった・・・
ベンちゃん、そりゃないよぉ!・・・あー疲れたー。




「およばれ」
5月30日

 太極拳in香港(2)(左のアンダーバーをクリックしてご覧ください)
朝っぱらから気温30℃以上、練習開始!


手土産
思いがけず、夕飯に呼ばれた。手ぶらで行くわけにはいかない、何か手土産を持って行きたい。
はて、なにがいいか?
とりあえず何でもそろう‘裕華国貨’に行ってみることにする。
分らないから、とりあえず酒。日本酒はお土産に持ってきたからワインにしよう。
ワインといっても国産(中国産)だ。味の程は分らない・・・それと、甘いもの。
事務所でつまんでもいいだろうし、師父は朝食のとき飲み物に(特にココアが好きみたい)
砂糖をたっぷり入れるので、もしかしたら甘党かもしれないから。

香港でも日本酒は売っている。銘柄は‘菊正宗’だった。
ワインは上海産がについでドイツ産(カッツなど)が多い。
食料品を見ていると、漢方のおやつが普通に置いてあるので見ているだけでも楽しい。
分りやすいところでは‘亀ゼリー’。飴でも漢方薬を使ったものが多い。
薬草の種類は数知れないので名前は忘れてしまったが、インスタントスープのように飲んで
風邪や病気の予防をしているようだ。
実は私はこの時風邪をひいていて、熱はないのだが咳が止まらなくて困っていた。
前日早速風邪薬を購入して飲み始めた。
咳に効きそうなの(止咳定喘)を選んだら、成分は‘桔梗’‘杏仁’‘甘草’‘麻黄’などだった。
糖衣錠剤を一度に4個飲まねばならない。
結構大粒だったのでこれだけでお腹一杯になってしまう・・・だけど、私の咳には効き目がなかった。


買い物あれこれ
漢口道’付近には小さい土産物屋が並んでいて、面白い。
昼間の気温は35℃は超えていそうな猛暑である。水分を補給しながら歩かないともたない。
2ブロックに1箇所くらいはスタンドのジュース店がある。
フレッシュジュースはもちろんここにも漢方ジュースがあたりまえに存在している。
私は、スイカが大好物なのでバカの一つ覚えで‘西瓜汁’だけを飲んでいた。
「うまーい!生き返るよー!」メニューを読んでると‘馬蹄露’という茶色の飲み物がある。
さっき買ったビスケットも‘馬蹄ビスケット’だった。
「馬蹄ってなんだ?」と西瓜ジュースを飲みながら眺めたが、飲んでみる勇気は湧かなかった。
結局、毎回決まって西瓜ジュースに落ち着いてしまって、いまだに馬蹄の正体はわからない。
ビスケットを食べても、美味しいことは美味しいがやはり、馬蹄の正体はわからない。
次回香港に行ったらきっと‘馬蹄露’を飲んでみよう。

私一押しのショッピングセンターは‘美麗都大覆商場’だ。
これといって目玉商品があるわけではないが、私が足で歩いて見つけた穴場である。
ここから、ビクトリア湾に向かって歩くと、化粧品店があります。
名前はわからないが、そこは香水がメチャメチャ安かった。
表のワゴンにヨーロッパの超一流ブランドの香水を山済みにして激安セールしてた。
「は?」と目を疑うような安さだった。
私は、フィリピーナたちといっしょにワゴンをあさり、「○○あったわよ!」と教えあい、
「こっちに××みつけたわ!」と交換しながら山ほど買ってきたのだった。

 赤い看板が‘美麗都大覆商場’の入り口


およばれ
午後4時に師父夫妻は迎えに来てくれた。
初めは師父の家で食事の予定だったのだが、冷房が壊れているということでレストランに行くことになった。
ガッカリ。
師父の家を訪ねてみたかったのに・・・暑いのなんか気にしないのに・・・

師父の家は地下鉄で10分くらいの所にあります。
地下鉄の駅を降りると商店街が延びていて、いかにも下町の雰囲気を漂わせています。
夕飯の買い物客なのか道には人がごったがえしていた。
駅ビルに向かう間は露店がズラリ。夕方だけたつ露店かも知れないがこちらも大変な賑わいだ。
物珍しそうに眺める私を見守る師父夫妻・・・。

大きなショッピングモールの中のレストランに連れて行かれた。
私が肉を食べないことを知ってる師父は‘海鮮酒家’を選んでくれていた。
店に入るとマネージャーがやって来て、私に名刺をくれるではないか。
「まあ、ご丁寧に」と受け取ったら、師父と同郷なのだそうだ。
師父は以前、私が「香港人ですか?」と尋ねたら「中国人だ」と言っていたのを思い出した。

師父が奥さんに何かを頼んだ。奥さんは家に戻ってとって来ると言う。
10分くらいで戻ったので近いのだ。師父の上着をとりに戻ったのだった。
店内は冷房が効きすぎて寒い。私も師父も長袖を着ているのにそれでも寒いのだ。
香港のレストランはどこも冷房が効きすぎているので要注意。
「寒いですものね」と言うと、師父が自分の上着を着なさいと言う。
「せっかく奥さんが取りに戻ったのに」と師父に着せたら、奥さんは再度家に戻って
わざわざカーディガンを取ってきてくれた。本当に面倒をかけます・・・。


ジュースで乾杯?
ニューヨークから一時帰国している息子さんが加わって4人で食事になった。
会社をしているのはお姉さんで、この弟さんは香港と中国の支店を行き来し仕事を手伝っている。
名刺にはジュエリーデザイナーと書いてあったので、こっちが本職なのだろうが。
朝、事務所で見かけた人だった。師父と息子さんで料理を選んでいると「なんで、肉頼まないんだ?」
と息子さんがいぶかった。「(私のせいだ)あいや、肉食べてください。私のことならお構いなく」と言ったのだが、
結局、肉料理はなかった。

さてさて乾杯である。オレンジジュース・・・?
私はてっきり師父は飲めるものと思っていたので「お酒で乾杯しましょう?」と促した。
私も飲みますから・・・ところが!師父は飲めないのだそうな。
「ひえー!」・・・どうしよう。今まで散々手土産に日本酒を持ってきてた私って・・・(汗)
最中や飴が正解だったってことね・・・「うわあ!今まで知らなくて失礼しました!」
だからだったんだ、前回お酒飲みますか?と聞いた時あいまいに笑ってごまかしたの・・・。
いやあ、失敗したね。本格的な甘党だったんだ!
日本に帰って「酒飲まない人に日本酒持って行ってた」と母に話したら、
「大丈夫よ、家に来たお客さんたちに振舞えるから」と慰められた。そうだといいのだが・・・。


漢方スープ
味付けがいかにも‘広東料理’であんかけのさっぱり味で美味しかった。
「美味しい」と言うと、いや、というほどよそってくれる。
「もういいです・・・」私の皿は食べても食べても料理が湧いてくる魔法の皿だった。
朝、太極拳をしながら咳をしていたのを知っている師父は、咳に効くスープを用意してくれた。
すっごく美味しい!
何がはいってるの?壺を覗き込んで、確認できたのは‘蓮根’だった。
他にも‘なんだりかんだり’入っていたが正体不明だった。
「蓮根だ!これ好きなんですよ」というと、スープだけど、食べてもかまわないと言う。
とにかく美味しかったので名前を聞いた。‘杏仁蜜○蓮○湯’だった。

 手前の壺がビックリするくらい美味しい漢方スープ。
左から一時帰国中の息子さん、師父、奥さん(撮影tuzi)


1000HK紙幣
支払いをする段になって、息子さんが「俺が・・・」と言うのを制して師父が支払うことに。
師父は1000HKドル紙幣を出していた。
私は100HKドル紙幣までしか見たことないし、それ以上はないものと思っていたので、
「(おおっ!)」とひとり感動してしまった。

「送らなくてもいいです」と言ってるのにわざわざ地下鉄に乗ってホテルまで送ると言う。
「いいんだってば。ひとりで帰れます!」とがんばって、師父にワインと飴を持たせたはいいが、
奥さんは送ると言ってきかない。
私を送り届けた奥さんがロビーまででとんぼがえりしようとするので、「部屋で休んで行って下さい」と入ってもらった。
「確か、お菓子があったはず・・・ごそごそ・・・」と奥さんに食べてもらおうとカバンをさぐった。
また、何か渡す気だな、と察知した奥さんは、お役目ゴメンとばかりに帰ろうとする。
私もお菓子をムリヤリ持たせた。
「気をつけてお帰りください。また明日!」 本当にごちそうさまでした!

きっと、奥さんは「送っていってお菓子もらってしまった」と師父に話して聞かせ
「ほんとに困った人だ・・・」と私の事を噂しあってるに違いない・・・(1998年香港参照)




「小旅行」
5月31日

 太極拳in香港(3)(左のアンダーバーをクリックしてご覧ください)
今朝も朝っぱらから気温30℃以上の猛暑!


師父のカメラ
思いがけずの連続で、今日は‘ランタオ島のお寺’に連れて行ってくれるという。
1998年に‘沙田の萬佛寺’に行ったことはあるが(1998年香港参照)
船に乗ってお寺に行くのは初めて。
私はお寺が好きだから、初めて行く‘ランタオ島のお寺’が今から楽しみだった。

この時期の香港は24時間ほとんど30℃を下回ることはない。
30℃から36℃くらいを行ったりきたりしているといったところだ。今日も曇ってはいるが暑い。
フェリーで香港島に渡り、別の乗り場からでている‘高速ジェット’に乗りかえてランタオ島を目指す。

‘高速ジェット’は快適だった。約40分ほどで到着。
師父は船内の様子を撮ろうと持ってきたカメラを取り出した。
構える師父、ニンマリする奥さんと私・・・ところが、シャッターがなかなか下りない。
「どれどれ、私が押してみましょう」と、今度は師父と奥さんがニンマリ。
「ハイ、チーズ!(あれっ?)やっぱり下りないみたいです」奥さんに責められる師父・・・
電池切れ?うなだれる師父に「大丈夫!私のカメラで撮りまくるから!」と・・・。
今度香港に来る時はカメラをお土産にしようと密かに決めた私でした。


バスで
船を下りてからバスに乗り換える。
10分も乗っていれば着くのかと思ったら、なんの、なんの・・・1時間は乗っていたと思う。
人家も少ない山道をうねうねと進んだ。
急な坂道こそなかったが、樹木がうっそうと生い茂る山の中をバスは進んだ。
乗客のほとんどが終点の‘お寺’に向かう人だ。しばらく走って視界が開けた時、
奥さんが遠くの山のてっぺんを指した。「仏像があるでしょう?」と。
見ると、山のてっぺんに坐像がポコッと突き出していた。「(あそこまで行くんだ・・・)」
あんなに遠い山頂の仏像が、ここから見える、ってことは・・・よほど巨大なのだろう。


師父の足腰
バスを下りると‘巨大仏像’が間近に見えたが、安置されている本堂までは数百段はあろうかと思われる
石段を登らねばならない。これには私もビビッた。
「(階段が・・・)」 だから朝食であんなに「‘腸粉’を食べとけ」だったのか?
下から仏像を見上げ、そこまでの階段に腰がひける私だった・・・。
意を決して登りはじめた私だったが、師父は違う!
事も無げにシャンシャンと登っていくではないか!
「(さすが、太極拳歴50年は違う!)」 とても80歳の足腰ではない。
だって、奥さんと私が「休憩しましょう」と言い出さない限り休まないんだから・・・凄い・・・凄すぎる・・・。

 階段途中から下を見下ろす


仏像の内部
仏像の内部はちょっとした展示室になっていた。
その中に干支によっての守護神が描かれている屏風があった。
干支は12支で、日本と変わらない。ただ、猪が豚である。各干支の守護神も日本とほとんど同じだ。
例えば申年は大日如来とか、兎年なら文殊菩薩とか・・・。
「日本も同じよ、私の干支はこれです」などと言う私を、感心した顔で、というより不思議そうに
「若いくせにこんなことに興味あるんだ・・・」と言いたげな反応をしてみせる師父夫妻。
思い切って「お寺が好きなんです」と言ってみたら、ウンウン頷かれてしまった。
逆に師父のほうが興味が無いようで、ほとんど素通り状態で駆け抜けていくのでした・・・。
「こんな退屈な所に連れてきてしまった」と気を遣われているように見えます。
私は十分楽しんでるんですけどね・・・。

      


 昼食
下りる頃になって雨がポツポツ降ってきた。奥さんは雨具の用意も万端で、他に水やジュース、
飴お菓子のおやつまでリュックと手提げにやまほど持ってきていた。
ここのお寺は仏像だけではなく、ふもとには御堂があるし、北京の天壇のようなのもあるし、もちろん、食堂もある。
雨宿りも兼ねて昼食をとることになった。昼食メニューは一種類。
人数分のご飯とスープ、おかずが運ばれてきた。
食事中、中国は一度口に入れたものでも、ペッ、ペッとテーブルに吐き出す。
日本人から見たら、汚いと思うかもしれないが、こちらではそれが普通。
テーブルには何重にもビニールのテーブル掛けが重ねてあって、お客さんが帰ると、
片付けに来た人はビニールを一枚ペロッとめくっていく。
吐き出されたものを包んで持っていって、ポイしてしまう。
「(ホホウ、これは便利・・・)」

 何枚も重ねてあるテーブルクロス。


 雨上がる
お昼をとっている間にすっかり晴天が戻っていた。
私たちは、お寺を見て回ったりして散歩を楽しんだ。
香港の街中にいると、こういう自然が本当に気持ちいい。空気がまったく違うのだ。
雨も上がって空も真っ青で・・・周りは緑の山々に囲まれて本当に清清しくていい気持ち!

帰りのバス時刻を見に行った奥さんが「バスがない」と言う。
「エッ?バスがないの?」
じゃ、どうやって帰るんだろう?と不信がる私に「とうぶん、バスがない」と・・・。
「なんだ・・・そういうことか」しばらくお茶しながらバスを待つことに。
バス停の近くに、駄菓子やのような休憩所があった。見当もつかないお品書きが壁に貼ってある。
「何か食べてみるか?」と聞く師父。自家製・・・ごま豆腐?山水豆腐?「(なんだろう?)」
‘茶葉旦’という壺もある。「(お茶なの?)」お店の人は‘山水豆腐’の大きなカメの蓋を取って中を見せてくれた。
真っ白で、ゼリーのような・・・乃豆腐のようなものだった。
「これにします」と言うと、ご飯茶碗のような器によそってくれた。
「おいしそう・・・」師父はテーブルにあった黒砂糖を渡してくれた。砂糖をかけて食べるようだ。
「へえ、そうなんだ」と少しずつかけて食べた。実に美味しかった!
何に例えればよいものやら、思い当たらないのですが、プルプルしててトロンとしてて・・・。
ほのかに温かい、とにかく美味しかった!


帰りのバスで
そうこうしてるうちバスが来た。
1台のバスが往復してるだけみたいなので、時間も不定期だ。のんびりしたものである。

バスは冷房車なので、ノースリーブの私には寒いくらいだった。
それに風邪なのか咳が止まらなかったのだ。寒いとなおさらひどくなる。
帰りのバスで咳がひどくなってきた。コホン、コホンから徐々にむせてきて止まらなくなった。
ゲホゲホ、ゲホゲホ・・・涙はでるは、鼻水はでるは・・・
他にもお客さんがいるというのに、うるさいったらない!ゴホゴホ、ゲホゲホ・・・困ったものだ。
バスを降りて温かい空気を吸ったら咳は止まった。
師父は心配そうに「さっきの砂糖がいけなかったのかもしれないな」という。
「砂糖が?」
甘いものは咳をひどくするというのだ。

結局、行きかえり往復おやつやら水やら奥さんに持たせっぱなしで軽くしてあげられなかった。
あまりに間食をしない私をまたも不思議がる師父夫妻だった。
「(ごめんなさい)水もらっていいですか?」と、500mlちょうだいした私だった。

この日、夜も咳がひどくなりほとんど一睡も出来ず朝になってしまった・・・

 香港は小さな島の集まった地域なのだ




「書店めぐり」
6月1日

 太極拳in香港(4)(左のアンダーバーをクリックしてご覧ください)
昨晩の咳で眠れず顔が腫れている私・・・今朝も朝っぱらから気温30℃以上の猛暑!


AM11:00
今日はこれといって予定がない。
部屋に戻ってシャワー浴びて、着替えてからホテルの食堂に行った。
毎朝師父と朝食を取っているので、ホテルの朝食は使わないが旅行には朝食が付いていた。
朝食は11時まで取れるので、お茶だけでもと思い行ってみたのだ。
既に朝食の時間帯はとっくに過ぎているので、客もほとんどいない。
コーヒーを飲んでゆっくりくつろいだ。
私は普段の朝食で毎朝コーヒーを淹れて飲んでいるので、習慣になっているコーヒーがないとやはり淋しい。
久しぶりに飲んだコーヒーは美味しかった・・・そして睡魔が。
お昼から2時間ほど昼寝をした。昨晩眠れなかったせいか気持ちよく眠れた。


PM2:00
さあ!出かけるとするか!‘女人街’まで行ってみることにする。
女人街では婦人物(バックや衣料品など)が安く、男人街では紳士物が安いと聞いていた。
観光ツアーで連れて行ってくれたりもするようだが、私はまだ行った事がなかった。
地下鉄で行ってしまえばmong kok(モンコック)で降りてすぐなので、
5分くらいで着いてしまうはずだが、私は歩くことにした。歩けば40分くらいだろうか・・・。
少し歩いては‘スイカジュース’・・・また歩いては‘スイカジュース’・・・とにかく暑い。

 スタンドのフレッシュジュースで生き返る!


途中寄り道したのは‘書店’だった。しらみつぶしに入ってみた。
私は中国語をもうかれこれ5年も勉強しているが辞書らしい辞書をいまだに持っていない。
中国語で書かれた辞書を持っても仕方ないが、簡体字と日本で使っている漢字の比較ができる本が欲しかった。
なぜかといえば、‘歌詞カード’である。
中国ポップのCDなら問題ないが、香港ポップのCDの歌詞カードは‘繁体字’で書かれている。
‘簡体字’(繁体字を簡略化して字画を極端に少なくした文字)なら中国語で読めるが、
‘繁体字’(日本で使っている漢字、又は昔日本で使っていた字画のやたら多い文字)だと
読めなくなってしまうのだ。
‘簡体字’で勉強してるため、‘繁体字’を見ても中国語読みができなかったりするのです。
だから、‘簡体字’と‘繁体字’どちらも並んで載っているリストみたいな本があればと思っていたのでした。
外は猛暑でも、店内に入るとどこでも冷房がガンガン効いていて寒いくらいである。
私の咳は、冷たい空気を吸い込むとひどいことになって、静かな書店では迷惑。
ゆっくり見てもいられない状態だった。
ハンカチを口に押し当てできるだけ咳の音を消して見て回った。


香港の書店
4,5軒ほど覗いたと思う。どこの書店にも文具用品と、VCDやビデオテープが置いてある。
VCDは書店の他に普通の音楽CDショップにもあります。
VCDはジャンルにもよるが、音楽CDより安いくらいで太極拳の教則本も種類が豊富だった。
「うっわー、なんだこの安さ!?」と目を疑うほど安い。日本円で比較するとひと桁違う。
ジャケットを見ると、どの太極拳の先生も怖そうな顔はしているが、果たして動きはどうなのだろう?
と、いかにも胡散臭い。「ポーズだけなんじゃないの?」と思わせ購入する気にはなれなかった・・・


大御所発見!
とある書店は太極拳の本が豊富だった。
大御所の著作が出るは出るは・・・「これは、これは・・・キャー!ゴホッ、ゴホッ・・」
私が見つけたのは、陳微明の楊式剣だった。「カッコいい・・・(うっとり・・・ゴホッ、ゴホッ・・)」

    陳微明


大判の本は棚の上段に置いてある。楊家太極拳術捜秘録なる本のモデルも陳微明だった。
楊澄甫の遺著もあった。パラパラめくってみたら(これは実によく書かれた本だった。
私は何か行き詰るとだしてみている)澄甫の高弟達が写真入りで並んでいる。
「 「!」董英傑だっ。「師父の師匠はこういう顔の人だったんだ・・・ゴホゴホ・・・」
目が大きく、落ち着いた感じの・・・思慮深そうな顔立ち。

何気に見てるとその脇に、赤い帯の立派な装丁の本が・・・著者は・・・董英傑・・・「!」
「えー!すごい立派な本!ゲホゲホ・・ゲホ・・」
こちらは時代も新しい本なだけに、写真も晩年の董英傑がはっきり見て取れた。
師匠が董英傑先生に習った時先生は50歳くらいだったと言っていたので、ちょうどその頃の写真のようです。
太極拳をしている連続写真は董英傑先生自身の動きだった。
師匠澄甫とは違う、眼光鋭く攻撃が前面に出ている動き・・・こんな風に動いてみたい・・・
ありゃあ!すごい先生だったんだ。知らなかったよ・・・
あとで、楊澄甫の遺著を読んだら董英傑先生は序文を寄せていらしたのでした。
優秀な弟子であり優秀な指導者であったのでした。


「通り」いろいろ・・・
そんなこんなで、あちこち寄りながら歩いたので女人街に着いたのは3時を過ぎていた。
夕方から深夜にかけて混雑するところなので、まだ時間が早いせいか人通りはそれほど多くない。
それより、ちっとも安くない!こんなことならネイザン通りの路地のほうがよっぽど安く手に入る。
観光地化してしまって値段も観光客用につりあがってしまったのだろう。
ここは早々に退散することにしよう・・・。

 外人観光客が目立つ 


今来た通りの向かいを戻っていたが、同じ通りを歩くのもつまらないので景色を変えようと
一本脇道に入って平行に歩いていた。そこがたまたま男人街だった。
こちらは露店を出し始めたところで、開店もまばらだった。
一目で‘紳士物を扱っている’硬さが感じられた。黒っぽい色彩のせいだろう。
こうして比較すると‘女人街’は、色彩も色とりどりだし、ひらひらしていて華やかで、
いかにも婦人物を扱っている柔(やわ)な感じがする。
男人街を通り過ぎてT字路にぶつかった横に延びた通りはなんと!
靴下、ストッキング、下着・・・通りを行けども行けども下着ばかり!
「へえ・・・こういう通りがあるんだ・・・」
このように一本通りをずらしただけで香港の多面性を目にすることができる。楽しいですよ。
地図など要りませんよ。一本通りを入るだけでいいのですから・・・。




6月2日

 太極拳in香港(5)(左のアンダーバーをクリックしてご覧ください)
「goodbye again!」


6月3日

ちまき
空港で昨日奥さんにもらった‘ちまき’を食べました。
もち米にとうもろこしが入った、ボリューム満点のちまきでした。
ふたつありましたが、一度には食べきれなかったので、残りは家に帰ってからまた食べました。
かすかに甘みがあって竹の香りがして・・・。

咳が治るまでは一月以上かかりました。
2年前には「胃弱」のレッテルを貼られ、今回ですっかり「体弱」が定着してしまったみたいです。
いつもいつも立場が逆転していて、高齢の師父に余計な心配ばかりかけている私。

香港の師父は私にとって‘伝統拳’の最初の先生だが、香港に限らず中国にも、日本にも、
広い世界には師匠たる拳の達人はいるはず。私の太極拳修業はまだまだ終わらないのです・・・。



2000年香港完







vol.9